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アイテム屋の息子トルネ​

「うひひ…今度のはすげぇぞ…大発明だ。」

 

 

 トルネは店の地下室で、うす気味悪い笑いを浮かべていた。

 昼のピークも過ぎ、いつもならばヒマになった店の掃除をしているはずの時間である。

 このままではトルネが父親にゲンコツを食らうのは目に見えていた。

 

 たしかに店を清潔に保つことは重要な仕事だ…。

 しかし店の掃除が、この世紀の大発明より優先すべき仕事と言えるだろうか?

 ちょっとゴミをまとめる程度の仕事が?

 いや、それはない。ないに決まってる。

 それにこの大発明をみれば、いつもは厳しい親父も、今回ばかりはその細い目の奥に引っ込んだ、小さい宝石のような瞳から滝のような涙を流し感激するに違いない。

 そしてオレにこう言うハズだ。

 

 おお!トルネ!さすがはわしの自慢の息子だ!!こんな大発明をするなんて!

 いつも怒鳴ってばかりですまなかった!!天国にいる母さんも、きっとお前を誇りに思っておるぞ!!

 

 そして、店の掃除をすっぽかしたことなぞ、すっかり忘れてしまうに違いないのだ。

 ふふふ。

 

 そんな手前勝手なことを考えつつ、トルコは手元に集中した。

 

 トルネの手元にあったのは、大きめの注射器のような器具だった。

 中には、青くて透き通った液体がたっぷりと詰まっている。

 そしてその先のチューブは、一匹のスライムに繋がれていた。

 

「ぐぐ…っ!」

 

 ここで焦ってはいけない…!

 ここであまりに急にポーションをスライムに注入したら、スライムが拒否反応を起こして爆発してしまう。

 日の光も、大きな音も厳禁だ。

 たとえ一匹でも爆発すれば、スライム特有の連鎖反応で、ここにある全てのスライムが爆発してしまうだろう。

 そうすれば、一ヶ月もかけて育ててきたスライム達《実験的薬用スライムボールくん壱型》が無駄になってしまう。

 ここは慎重に…、慎重に…。

 

 

 ズン…、ズンズン…!!

 

 

 突然、周りの機材が揺れる。

 それに合わせて、置いてあるスライム達も怯えるように、揃ってプルプルと震えだす。

 

「はっ、い…、いかん!!」

 

 一階から誰かが降りてくる…!!

 か、鍵をかけなければ…!?

 

 トルネはドアに目をやった。

 しかし、手はスライムでふさがっている。

 全ては遅すぎたのだ。

 乱暴に開かれたドアは驚くほどの轟音を立てて壁に叩きつけられた。

 その音を吸収したスライムたちは、みるみるうちに膨らんでいき、そして…。

 

 

 

「ごっるぁ!!!トルネ!!!

 店の掃除はどしたぃ…、ってああ?!!何じゃこらぁ?!!」

 

 

 

 地下室の変わり果てた姿を目の当たりにして、トルネの父、パパルコはそこにきた理由を忘れた。

 

 真っ暗な室内で、何かが破裂したかのように無残に飛び散った青い液体。

 床や壁や机を見ると、辺り一面に、緑のドロドロした液体がべっとりと張り付いていた。

 そしてその爆心地と思われる場所には、もごもごと、何か大きな緑の塊が蠢うごめいていた。

 

 

 

「もごご…、親父ぃ…、ドアを開けるとき、はノックしろって、ごぷ、言っただろぉ…」

 

 

 

「ひぇえ!も、モンスターじゃ!ス、スライム人間じゃぁーーー!!!」

 

 

 たしかにトルネの思惑通り、父親はトルネが店の掃除をすっぽかしたことなどすっかり忘れていた。

 ついでに涙も流していた。

 

 スライム人間への恐怖で。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「いったい、何しとるんだお前は!!!

 もう少しで、騎士様を呼びに駐屯所まで走って行くところじゃったわ!!」

 

 パパルコは、怒りの形相でトルネの頭にゲンコツを食らわせた。

 

 ガッツン!!!

 

「いっ、てーな!!

 それは親父が部屋のドアを思いっきり開けるからだろ!!

 おかげで、大事に大事に育ててきたスライムたちがぜーんぶパァだ!!

 ちゃんと弁償しろよなー!!」

 

「やっっかましい!!まったくお前ときたらいっつもそうじゃぃ!!」

 

 パパルコは、もう一発きついのをトルネの頭に見舞った。

 

 

 

 パパルコは、自分の息子の奇行に本気で頭を悩ませていた。

 

 妻を流行病はやりやまいでなくし、下町でアイテム屋を営みながら男一人で育ててきたせいか、一人息子のトルネは、ずいぶんとおかしな方向へと育っていた。

 幼い頃から自分と商い仲間との商売の話ばかり聞いて育ったせいか、性格は妙に金に汚くなり、何にでも損得勘定を絡めてくる。

 かと思えば店の地下室にこもり、新商品の開発だとかいって、何やら怪しいアイテムの開発に日夜問わず没頭している。

 本当なら無理やりにでもやめさせて、男なら男らしく、剣の素振りでもしていろ!と喝を入れてやりたいところだった。

 

 ところが、そのトルネが開発するアイテムが、また妙に売れるから困ったものである。

 この間作ったとかいう《美肌のポーション》なぞ、あまりの客の殺到ぶりに、店の床が抜けるかと思った。

 パパルコはただ呆然とするばかりだったが、トルネは驚くどころか、

 

「親父、こいつは店でたくさん売るより、完全予約制でこっそり少なめに売ったほうがいいな。

 希少価値ってやつさ。貴族の間でポーションの噂が広まれば、いくらでも買いたいというやつがドンドン増えるだろうぜ、うけけ」

 

 などと怪しく笑うのであった。

 

 子供なのだから商売のことは自分に任せて、お前は勉強でもしてろ!と言ってやりたいのは山々だった。

 だが結局のところ、下町のしがないアイテム屋であるパパルコには、息子の開発する新商品と、年相応じゃない商魂たくましいその性格がどうしても必要なのであった。

 

 

 

「いってーーな!!掃除すっぽかしたくらいで、実の息子の頭を何発も何発も殴るんじゃねーー!!」

 

「掃除だけじゃーないわい!!

お前、みんなの前であれだけ偉そうな口を叩いておいて、森の狼の罠はちゃーんと仕掛けてきたんじゃろぅな?え?」

 

「げ」

 

 パパルコの言葉でトルネは思い出した。

 

 狼の罠?そう狼の罠だ。

 そういえば最近、狼が町の近くまで降りてくるというので、一週間前の商人同士の寄り合いで、森に罠を仕掛けることに決まったのだった。

 騎士も見回りはしているものの、騎士はどうしても貴族町のあたりを優先的に警護する。

 なので、トルネが住む下町のあたりでは、少しずつ被害が増え始めていたのだ。

 トルネはその話を寄り合いで聞いて、それなら自分が作った狼用の罠の威力を見せてやる、と商売仲間達に大見得おおみえを切っていたのだった。

 

「い、今から行くところだったんだよ…、ピュ~ピュ~♪」

 

 トルネはすっと、パパルコから目をそらした。

 狼用の罠はちゃんと作ってはいたものの、作ったことで満足して、森まで仕掛けに出かけるのが面倒になり、あとで行こうと罠は机の上に置きっ放しだった。

 それから今まで、すっかり存在を忘れていたのだ。

 

「ほぅ…、なら…」

 

 

 

「さっさといってこんかーーーーーーーーーぃ!!!!!!」

 

 

 パパルコの三発目のゲンコツを何とか避けたトルネは、罠の入った袋と非常用のアイテムセットを持って、さっさと森へ走っていった。

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