魔法使い
イリスが屋敷に帰ると、そこには大勢の騎士が集まっていた。
その中心には、騎士団長であるファルコが立っていた。
ファルコはイリスの父親でもあった。
イリスの顔を見つけると、ファルコは泣きそうな顔でイリスに駆け寄り、イリスを抱きしめた。
「い、イリス!!おお!心配したぞ!」
「お父様!!」
イリスは父親を抱きしめ返した。
「戻った二人から話を聞いてな、今から捜索隊を率いて、森に捜索しにいこうとしていたのだ!
ああ、血まみれじゃないか!怪我はどこだ?!」
「お父様…、大丈夫です、怪我はもうありません」
「そんなはずは…、ん?それはなんだ?」
ファルコは、イリスの足元に転がっているものを見た。
「こ、これは…!」
「団長!こりゃバジリスクの首ですぜ!」
「こいつぁすげえ!お嬢さん、大したもんだ」
「さすが騎士団長の娘さんだ!」
周りの騎士たちから歓声が上がった。
ファルコは、冷静に周りに言った。
「とにかく、娘を休ませたい。話を聞くのは落ち着いてからにしよう。
みんな、こんな夜中に集まってくれてありがとう。この礼はいつか必ずする」
ファルコはみんなに頭を下げ、イリスを捜索するために集まった騎士たちは、その場で解散となった。
◆
その夜、ファルコはイリスの部屋にいた。
イリスは、すやすやと寝息を立てている。
よほど疲れていたのだろう。風呂に入ると、そのまま倒れるように眠ってしまった。
ファルコがイリスの髪を撫でると、イリスはむにゃむにゃと意味不明の寝言を呟いた。
この寝顔がもう一度見られて、本当によかった。
ファルコは、今日何度目か、神に感謝した。
しかし、腑に落ちないことがある。
イリスから聞いた、その少年のことだ。
イリスの話によると、その少年のくれたポーションのおかげで、負ったはずの傷がみるみる治ったという。
しかし、それはあり得ないのだ。
ポーションとは、あくまでも応急処置の手段である。
消毒、止血はできても、傷を塞ぐなどということはできない。
だからこそ、ヒーラーという職があるのだ。
イリスの話の通りだとすると、そのポーションは、ヒーラーの回復魔法並みの回復力があるということになる。
さらに、イリスの話だと、飲んだポーションのおかげで力が湧き上がるようだったという。
それは…、おそらくイリスの勘違いだろう。
初めてのモンスター退治への興奮、高揚感が怪我の痛みを消し、そう錯覚させたのだろう。
でなければ…、それではまるで、魔法使いだ。
イリスは、森に住む古い精霊にでも化かされたのだろうか…?
しかし、幻では片付けられないものがここに二つある。
一つはバジリスクの首だ。
そしてもう一つは…。
ファルコは、寝ているイリスの傍においてある剣をそっととると、それを抜いた。
そして、近くのろうそくを素早く斬ってみせた。
ろうそくはたしかに切れたが、しかし、下には落ちなかった。そのまま何事もなかったかのように、くっついたままだ。
「たしかに切れ味が上がっている…」
イリスには、剣の手入れをしっかりと教え込んだ。
当然、切れ味についても、常に気をつけるように言ってある。
剣は常に最高の状態に保たれていたはずだ。
そのはずの剣の切れ味が増している?
これは最早、職人の域だ。
イリスの話だと、少年は自分のナイフで剣に何かしていたという。
ナイフで剣を研ぐなど聞いたこともない。
しかし、この切れ味が全てを物語っている。
たしか、イリスは、騎士学校にその少年も入学すると言っていたな。
義父上に、一応話を通しておくか…。
「魔法使い…、か」
そういえば、妻が最近、綺麗になった。
理由を聞いたら、「魔法使いの化粧品を使っているの」と言っていたな。
どうも最近では、森の精霊やら、魔法使いがポーションを作るらしい。
恐ろしい時代になったものだ…。
ファルコは笑うと、イリスの額に口づけをし、部屋を静かに出て行った。
◆
〜一方、その頃、トルネの家、パパルコの店〜
「トルネー!!お前、ここにおいといた薬草どしたい?!」
「あ?そこの薬草なら全部まとめて、ポーションにぶち込んだぞ」
「なにーーーーーーぃ?全部だと?!」
パパルコはトルネの顔を驚いた様子で見た。
「全部って、お前あれ、ヤバイ系の薬草も入っとったろ!アッパー系の…」
「だーいじょうぶだって!絶対にバレない濃度まで薄めたし、今日試しに一発飲ましてみたけど、本人、気合いもりもりって感じだったから!イケるイケる」
「イケるってお前…」
廃棄する素材を活用した商人根性を褒めるべきなのか、それとも怒るべきなのか、またしても判断のつかないパパルコであった。