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一刀のもとに

 バジリスクは、血の匂いを嗅いでいる。

 

 大きい匂いが一つ。離れて小さいのが二つ。

 小さい方は、探すのが面倒そうだ。

 まずは、大きい方から食べることにしよう。

 もう長いこと大きいものを食べていない。

 前に食べたのは、小さい、痩せた狼だった。

 血もほとんど出なかった。

 今度のは違う。活きもいいし、匂いも最高だ。

 

 キラキラと光るものを見つける。

 

 あれだ。あれはよく見える。

 これはもう動かない、動かなくしたやつだ。

 

 ペンダントにバジリスクが近づいていく。

 むせかえるような血の匂いでバジリスクは思考ができなくなる。

 血の匂いが二つ混じっていることに気づかない。

 バジリスクは、血の匂いに興奮しながら、周りについた液体を舐めた。

 

 瞬間、バジリスクは大きく喚いた。

 

 それは大好きな血ではなかった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「やった!!」

 

「なんですか?!どうなったんですか?」

 

「オレが作った、狼用の罠さ!」

 

「狼用の罠?」

 

「超強力な接着剤だよ、牛の血に混ぜ込んであるんだ。

 アレを舐めると舌がくっついちゃって、下手に暴れると舌がちぎれちゃうわけ。

 そうすると狼なんかは放っておくと、そのうち失血死すんの」

 

「うぇ…、結構残酷ですね…」

 

「生活の知恵といってほしいね、さぁ、行くよ!!」

 

「え?え?!」

 

 トルネは草むらから飛び出していった。

 びっくりしたイリスも、その後に続く。

 

「そぉいっ!」

 

 トルネは残った接着剤をバジリスクの羽にかける。

 

 ギャアアアアアアアアアア

 

 暴れるバジリスクは羽を開いたり閉じたりする。

 見る間に、バジリスクの羽は接着剤でくっつき、変な形で固まってしまった。

 そこにイリスが追いついてくる。

 

「あ、あとは放っておけば死ぬんじゃないんですか?!」

 

「アホか!狼とはサイズが違うでしょ!舌がちぎれたくらいじゃ失血死しないよ!」

 

「あ、アホって…!じゃあどうするんですか?!」

 

「舌がくっついてるうちに、おねーさんが首を切り落とすんだよ!」

 

「イえええええええええええ!?私けが人ですよ?!」

 

「もうほとんど治ってるでしょ!!」

 

 え?

 イリスは気づいた。

 そう言われてみると、四肢の痺れがもうほとんど残っていない。

 傷も塞がっている。

 それどころか、体の奥から何か力が溢れてくるようだ。

 

「早く!早く!舌がちぎれる!」

 

「こ、こなくそーーーーー!」

 

 言うが早いかイリスは剣を構えると、バジリスクの首に狙いを定め一気に剣を振り下ろした。

 

 

 ザシュッ!!

 

 

 剣は見事にバジリスクの頭と体を一刀両断し、バジリスクを絶命させた。

 

 ギャアアアアアアアアアア…

 

 イリスは放心したように、絶命したバジリスクを見ていた。

 

「やった…?ホントに私が…」

 

 血まみれのイリスに、トルネが近づいてくる。

 

「お見事お見事、いやぁ、まさか一刀で切り落とすなんて、相当なもんだね、おねーさんの腕も」

 

「いや…、あ、ありがとうございます」

 

 正直、実感が湧かなかった。

 何が何やら指示された通りに剣を振り下ろしただけだった。

 しかもバジリスクは、舌を剥がそうと必死に首を伸ばしていたし、羽が固まったことで体勢も崩していた。

 つまり、首を切ってくださいと言わんばかりの状態だったのだ。

 

 運が良かった、のか?いや…。

 

「ほら、これ」

 

「え?」

 

 トルネは、バジリスクの首を差し出した。

 

「これ、あげるよ。オレには必要のないものだけど、こういうの貴族の人って飾ったりするんでしょ?」

 

「い、いや!受け取れませんよ!このバジリスクを討伐したのは、実質、あなたでしょう?」

 

 大きなモンスターを狩ったりした場合、その首を持ち帰ることが討伐の証になる。

 バジリスク級のモンスターの首を持ち帰ることは、騎士にとっては最高の名誉と言ってもいい。

 

「オレ、騎士じゃないし。こっちの体の方をくれるんなら、さっぱり必要ないよ(金にもならないし)」

 

「そ、それはもちろん構いませんが…」

 

「やった!ありがとう!へへ…、こりゃ大仕事になるな…。

 明日、早速店に運び込むか…、うひひ…」

 

 トルネは、バジリスクの死体を見ながら怪しい笑みを浮かべていた。

 本気で喜んでいるらしい。名誉を捨ててまで、あんな死体を一体どうするつもりなのか。

 

「それと、おねーさん」

 

「え?」

 

「言っておくけど、今回のバジリスクはおねーさんがいなければ討伐できなかったんだからね?

 おねーさんが体を張って誘い込んでくれなきゃ居場所はわからなかっただろうし、

 おねーさんの剣の腕がなきゃ、バジリスクの鱗も切断できなかった。

 オレはポーションをおねーさんにあげただけ。

 おねーさんには、その首を受け取る権利があるよ」

 

 トルネがこっちを見ないままに話す。

 

 自分が戸惑っていることに気を使ってくれたのだろうか…?

 トルネの言葉の裏の優しさに、つい頬が緩む。

 

「…イリスと呼んでください。おねーさんではなく」

 

「ん?わかった、じゃあオレのことも、トルネ」

 

 トルネは右手を差し出した。

 イリスは笑ってその手を握った。

 二人は出会ってから、今初めて、友人になった。そんな気がした。

 辺りは暗くなってきていた。

 

「さて、帰ろうか。暗くなってきたし」

 

「トルネ、また会えるでしょうか?」

 

「会えると思うよ、イリスは、春から騎士学校に行くつもりなんだろ?」

 

「え?あ、はい」

 

「オレもそこに行く予定だから」

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