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細工は流々

「こんなもので、本当にバジリスクを倒せるんですか…?」

 

「いける!きっといける!多分!」

 

 イリスは半信半疑だった。

 少年は、大きな岩にイリスが着ていた血まみれの鎧を着せている途中だった。

 自分には服がないので、少年の上着を着ている。

 少年は上半身裸だ。

 こんな人形もどきでバジリスクを騙そうというのだろうか?とても人間には見えない。

 

「いい?バジリスクの大きな特徴は、

 ・目が悪く

 ・血が大好きで

 ・そこそこ頭が良い

 ということなんだ」

 

「ふんふん」

 

「だから、獲物を襲ってもすぐに殺したりはしない。

 毒を仕込んだら、いっとき放っおく。

 完全に麻痺したところを巣に持ち帰って、生きたまま、ゆっくり新鮮な血を楽しむ」

 

「…」

 

 イリスは青ざめた。

 

 それってつまりは、さっきの自分の状況だ。

 この少年が助けてくれなければ、自分は生きたまま…。

 

「まぁまぁまぁ、落ち着いて落ち着いて。

 それで今回は助かったんだから。

 ポジティブにいこー!!」

 

「そ、そこまでポジティブになれない…」

 

 元気に笑いかけるトルネに、イリスは暗い表情で返す。

 

「つまり、もうすぐバジリスクは、血の匂いをたどって、おねーさんを捕まえに来るってこと。

 大丈夫、この血まみれの鎧を着せておけば、丸太だって人間に見えるさ。

 オレが狼をおびき寄せるために持って来た、牛の血もあるし」

 

「こっちを捕まえに来る可能性はないのでしょうか?」

 

「そりゃあるよ。

 いくら綺麗に拭いても、こっちの体にも、ちょっとは血の匂いが付いてるだろうしね。

 さすがにリスクゼロってわけにはいかないさ。

 でも十中八九、鎧の方に引き寄せられるよ」

 

 ぐぐ…。

 

 正直なことを言えば、イリスは早く安全な場所へ行きたかった。

 やっと命の危険から脱したのだ。このまま逃げ出したいのが本音だった。

 しかし今を逃せば、バジリスクの居場所はわからなくなってしまう。

 巣を捜索している間に、犠牲者が出るかもしれない。

 実際、バジリスクは森の、人里が比較的近いところまで来てしまっている。

 自分のせいで、人間の血の匂いも覚えている。

 味を覚えるのも時間の問題かもしれない。

 それを放っておくことはイリスにはできなかった。

 

「あ、それも貸して」

 

 トルネは、イリスの胸のペンダントを指差した。

 

「おねーさんが、バジリスクに襲われた理由ってそれだよ多分。

 キラキラ光ってたからそれを狙われたんだろうね」

 

「そ、そうだったんですね…!」

 

「ていうか、モンスター退治にアクセサリーなんてしていかないのは当然でしょ…。

 そういうとこ貴族って、ホントぬけてるよね」

 

 グサッ

 

 イリスは自信をすっかり失っていた。

 自分より、よっぽどこの少年の方が騎士に向いている気がしていた。

 

「さって、罠も仕掛けたし。

 隠れよう!」

 

 二人は、バジリスクから見えないように遠くの茂みに隠れて、様子を伺った。

 まだモンスターが来る様子はない。

 

「…」

 

 なんとなく手持ち無沙汰になり、イリスは少年に質問してみた。

 

「…お名前を聞いていなかったですね?

 私はイリス・マキアート。

 どうぞイリスと呼んでください」

 

「トルネ。そのまんまトルネでいいよ。歳は十四」

 

「十四?私と同じです」

 

「へぇ…、おねーさん、もっと年上だと思ってた。

 ホントに十四?そのわりには立派な…」

 

「立派な?」

 

「立派なおっぱいしてた」

 

「あ?」

 

 イリスは、剣を抜きかけた。

 

「おおっと!!今ここでオレが怪我でもしたら、血の匂いで作戦は台無しだよ!」

 

「くっ、我慢します…、正義のために…」

 

「正義って便利だなぁ…」

 

 イリスは剣を鞘に戻した。

 

「…私も意外です。あなたはもっと年下かと思っていましたよ」

 

 グサッ

 

 イリスの何気ない言葉が、トルネの心を抉えぐった。

 どうもトルネは童顔なことを気にしているようだった。

 それに気づいたイリスはにんまりと笑った。

 

「あれ?なにか傷つけちゃいました?

 すみません、気づかなくて。

 たしかに童顔だと何かと不便ですもんね、商売なんかしていると。

 でも童顔でも、いいんじゃないですか?

 ええ、少しくらい輪郭が丸くて、おめ目がクリクリしてて、ほっぺた真っ赤でも。

 かわいらしくて羨ましいですよ、女としては」

 

「よく舌が回るようになったね…」

 

「ええ、おかげさまで。解毒のポーションが効いたおかげですかね」

 

「…お母さまー、とか言ってたくせに」

 

「ぐっ」

 

 き、聞いていたのか、あのつぶやきを。

 恥ずかしい!

 

「…おかあしゃま〜(変な声)」

 

「それは私の真似ですか?!私の真似ですね?!こいつ叩き斬ってやる!!」

 

 イリスは、持っていた剣に手をかけた。

 

「オレ、お母さん死んでるんだ…」

 

「ぐっ!?」

 

 イリスの手が止まる。

 

「オレが生まれてすぐに死んじゃったんだー…」

 

 トルネは遠い目をしている。

 

「な、何故、今、それをいうんですか…!」

 

 今それを言うのは卑怯だ。強く出れなくなってしまう…!

 母親がいるのが羨ましいのかなとか、それで意地悪してきちゃうのかなとか考えてしまう!

 

「お母さん、今頃、オレのこと…見てるかな?(グスッ)」

 

「くっ、あなたのお母さんに免じて許します…」

 

「…」

 

「…」

 

「…」

 

「…」

 

「ポーション塗ってたとき、ちょっと乳首立ってなかった…?」

 

「…」

 

「気持ちよかったんだ?」

 

「…立ってません…」

 

「いや、立ってたって」

 

「立ってない」

 

「…」

 

「…」

 

「乳輪でかかったね?」

 

 イリスは立ち上がり、剣を抜いた!

 

「でっでかくない!!!」

 

「しっ!来たぞ!バジリスクだ!!」

 

 慌てて草むらに座り込み、イリスはトルネの視線の先を見た。

 そこには、先の怪物が空から降りて来たところだった。

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