top of page

​敵を知り、己を知れば

「このねーちゃん、やばいやつだな…」

 

 金髪の少女を見ながら、黒髪の少年、トルネはそう感じていた。

 

 正義、なんていう言葉を恥ずかしげもなく口に出す人間は、詐欺師か宗教家と相場が決まっているが、どうやらこの子もそうらしい。

 どちらにしろ、近づきたくない類の人間であることは間違いない。

 

「さて、しかし、バジリスクねぇ…」

 

 うーん、どうしたものか。

 

 最近、狼が町の近くに降りてきていたのも、バジリスクが原因に違いない。

 食べ物を求め、山から森へバジリスクが降りてきて、居場所を追われた狼が、森から町へ降りてきたのだ。

 ということは、狼をいくら狩っても、根本的な原因は解決しない。

 自慢じゃあないが、無駄なことは一切しない主義だ。

 

「騎士様にすがるってのが正しい選択だろうなぁ…でも」

 

 バジリスクなんてレアモンスター、逃す手はない。

 しかも騎士の手を借りなければ、素材は独り占め。

 体内の毒袋、硬い鱗、美味くないといわれる肉でさえ、貴族の好事家が買ってくれるかも知れない。

 貴重なモンスターの素材というだけで、金を出す人間は山ほどいるのだ。

 

 普通なら広大な森で、巣もわからないモンスター一匹を探すには、時間も手間もかかる。

 だが、今なら…、話は別だ。

 

 トルネは冷静に、自分の周りの状況を確認した。

 今の手元にあるものは、狼用の罠に、薬草採取用のナイフ、解毒、回復ポーションはほぼ売り切れ。

 そして、半裸の貴族の女の子が一人…。

 

「しっかし、おねーさん、狼を狩ろうなんて思いきったことしたね。

 しかも一人で。ポーションも持たずに」

 

 金髪の少女は、うろたえた様子で反論してきた。

 

「ひ、一人じゃないです…!

 一緒にきた人がいたんです、その人がヒーラーだったんです。

 だから、ポーションは必要ないだろうと思って…、でも途中ではぐれてしまって…」

 

「まぁ、ポーションってそういうときのために持っておくものだけどね」

 

 グサッ

 

「実際、それで命を救われてるわけだしね」

 

 グササッ

 

「助けるはずの下町の人間に助けられてちゃ、世話がないね?」

 

 グッッサァ!!

 

 少女は黙ってしまった。

 

 ちょっと言いすぎたかな?

 しかし、それほど考えなしというわけじゃないな、この子。

 頭パッパラ王国の貴族のボンボンかと思ったけど。

 しかも、連れてきていたのはヒーラー?

 ということは、狼への攻撃役はこの子…。

 

「ちょっとその剣、見せてもらっていい?」

 

「え?はぁ…」

 

 少女の剣を抜いてみる。

 

「へぇ…!」

 

 これはいい剣だ。

 使い込んでいるけど、手入れを怠っていない。

 しかも、騎士が使う一般的なロングソードだ。

 女性が使う用に軽くしたり、細くしたりなんていうことがされていない。

 重く、長い。

 

「これで狼を仕留めるつもりだったの?」

 

「…そうです。使い慣れているし、前にも仕留めたことがあったので、それで十分だと思って…」

 

 いじけた様子でそう話す少女。

 

 そりゃすごい。

 この剣で、あの素早い狼を仕留められるとしたら、彼女相当な腕前だ。

 いいぞいいぞ、これなら…。

 

 トルネはニヤリと笑った。

 

「その剣は、昔、お父さ…、父が私に買い与えてくれたものなんです。

 騎士の家に生まれた以上、女でも剣くらい使いこなせなければならぬって。

 それ以来、毎日私はその剣と共に…」

 

 ガシガシガシガシガシ!!

 

「ってうぉーーーいッ!!私の剣になにしとんじゃああああ!!」

 

 見ると、少年は持っていたナイフでロングソードを傷つけていた。

 

 ガシガシガシガシガシ!!

 

「やめて!やめてください!何をしてるんですか!一体!」

 

「え?いや、かっこいいから、オレのナイフと対決させてみようとおもって…」

 

「何それ!何その理由!カブトムシかよ私の剣は!!

 怖いわ!ほんと庶民怖い!何考えてるかわからない!!」

 

 イリスはトルネから剣を奪い返した。

 

「ごめんごめん、でもこれでなんとかイケそうだね」

 

「はーっはーっ、…何がですか?」

 

 突然、トルネがイリスの両肩を掴んで顔を近づける。

 

「おねーさん!!」

 

「はっはい!」

 

「正義のために、服を脱いでくれるかな?」

 

「そっ…、それを言うなら…、一肌脱いででは?」

 

 あまりの突飛な申し出に、普通にツッコんでしまうイリスであった。

bottom of page