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怪物バジリスク

 

 

 

「ううっ、もう…、お嫁にいけない…!」

 

 

 イリスは涙目になっていた。

 

 いくら傷の治療のためとはいえ、異性に裸を見られ、触られるなんて…。

 いやいや!!触られるなんて言葉じゃ生温い、もうヌッチョニュッチョにされたわ!

 よく同年代の女の子の体にあれだけ遠慮なくポーションを塗りたくれるな!

 恥ずかしがってる自分が馬鹿らしくなってくるわ!!

 この男には相応の責任は取ってもらわなければならない…!いや、決してラブコメ的な意味ではなく!そのままの直ガチの意味で!

 

 しかし、命を救われた手前、彼には礼を言わなければ…。

 

「…ありがとうございます、おかげで助かりました」

 

 イリスは少年に頭を下げる。

 

「いや、いいんだ。

 おねーさんにはちょっと聞きたいことがあったから。

 口が動かないままじゃ聞けないしね」

 

「聞きたいこと?ですか?」

 

 そう言えば彼は何者だろうか。こんな森の中で。

 とても騎士には見えないけど。

 

「そりゃそうさ、見ず知らずの人にタダでここまでするほどお人好しじゃないぜ。

 ギブアンドテイク、ポーション二本分の見返りはもらわないとね」

 

「…そうか、そうですよね」

 

 彼は騎士じゃない。

 奉仕の心なんていうものを期待する方がおかしいのだろう。

 大方、私の身なりを見て貴族だと当たりをつけ、見返りをもらおうとポーションを使ったのだろう。

 それは別に悪いことではない。当然のことだ。

 だが頭ではわかっていても、イリスの頭にはもやもやとしたものが残っていた。

 

「あと、ちょっとまともに動けない美少女の体に、好きなだけポーションを塗りたくってみたかったし…」

 

「きっ、キサマーーーーーー!!やはりそういう目的で…!!」

 

 ガチャガチャ!

 イリスはまだうまく動かない腕で、腰に下げた剣を抜こうとした。

 

「いや!いや!冗談!!冗談だって!あれ以外に方法がなかったからです!!」

 

「くっ…!」

 

 イリスは抜きかけた剣をしまった。

 

「ふぅ…、危ないおねーさんだ…。

 それで、聞きたい情報ってのは、おねーさんが襲われたモンスターのことなんだけど…」

 

「…モンスターの?情報ですか?」

 

 てっきり金銭目的だと思っていた。

 本当にこの少年は何者だろう?

 そういえばさっき、サービスがどうのとか言っていたような…。

 

「なんでまた、そんなものが欲しいんですか?」

 

「ちょーっと事情があってね、いいからおせーて」

 

 正直に言って、モンスターのことをこの少年に聞かせたところで何かできるとも思えなかった。

 さっさと騎士でも呼んで来て欲しかった。

 しかし、命を救ってもらった以上断るわけにもいかないし、自分もまだ満足に動くことができない。

 仕方なくイリスは、自分が見たモンスターの特徴をできるだけ詳細に少年に伝えた。

 

 ひと通り話し終えると、少年は考え込むようにしてつぶやいた。

 

「ふーん、そりゃバジリスクだね、多分。

 バカでかいニワトリのモンスターでしょ?」

 

「!知ってるんですか?あの怪物を!」

 

「生きて動いてるのを見たことはないけど、何回か素材の買い取りで見たことがあるよ。

 解体もしたことあるし」

 

「か、解体?」

 

「爬虫類のような目に、鱗のついた肌、羽があって大きな体。

 傷口からして鉤爪に毒をもってて、山や森に住んでいる…、うん、ほぼ間違いないかな。

 多分、冬で食物がなくなって山から降りてきたんだろうね」

 

「…!」

 

 驚いた。

 話を聞いただけで、モンスターの種類に見当をつけるなんて…。

 

「失礼ですが、あなたは何者なんですか?

 ずいぶんとモンスターに詳しいようですけれど…」

 

「オレ?オレは別になんでもない、アイテム屋のせがれさ」

 

「アイテム屋?さん?アイテム屋さんが、どうしてそんなにモンスターに詳しいんですか?」

 

「どうしてって…、おねーさん、変なこと聞くね?

 モンスターの素材を剥ぎ取るにしても、そこからアイテムを作るにしても、モンスターの知識は必要不可欠でしょうが」

 

「そ、そういうものなんですか…?」

 

 イリスは急に恥ずかしくなった。

 自分が一般常識の全くない人間のように思えた。

 しかし、自分が父親に連れられていくような店では、素材の買い取りには鑑定の、防具には防具の、武器には武器の店があったのだ。

 そして一つの店の中でも、それぞれ別の専門の人間が仕事に当たっていた、ように見えたのだった。

 まさかそれを全部一人でできるものだとは思わなかったのだ。

 そもそもアイテム屋、という種類の店を、イリスは見たことがなかった。

 

「まぁ、そう言われてみると特殊と言えば特殊かなぁ、鑑定からアイテム作るのまで全部やっちゃうのって…。

 貴族町にあるようなお上品なお店と違って、下町のアイテム屋は節操がないからね。

 武器、防具、買取から食い物まで、自分でできるものはぜーんぶやっちゃうのさ」

 

「へ、へー、すごいですね…、それは」

 

 商魂しょうこんが。

 

「それで、ここら辺では薬草なんかをよく取りにくるんだけど…、ほら最近、狼が出るっていうでしょ?

 危ないから、ここらにも罠を仕掛けちゃおうと思ってたんだけども…」

 

「!あなたも、狼を討伐しにきたんですか?!」

 

 イリスは、食ってかかるように聞いた。

 

「え?お、おう…、討伐っていうか罠を仕掛けるだけだけど…」

 

 少年は少したじろいだ様子だった。

 

「そうですか…!実は私もそうなんです!

 狼が下町の方を襲っていると聞いて、いてもたってもいられなくなってしまって!

 そうか…、あなたも…!やはりどんな場所にも、正義はあるのですね!!」

 

 イリスは、感激していた。

 世のため人のため、正義のために狼を退治しようとしていた人間は、自分の他にもいたのだ。

 しかも自分と同年代で、騎士志望でもなんでもない人間が!

 やはり、世の中にはまだ正義の心があるのだ。

 

「まぁ狼って、皮も牙も肉も脂もよく売れるし、捨てるとこないしねぇ…」

 

 感激に浸っているイリスには、少年のつぶやきは聞こえていないようだった。

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